日本では服装の西洋化が広まっていますが、直接的な要因は1858年の日米修好通商条約だと言われています。この条約により各地の港が開かれ、役人や通訳などの直接外国人と交渉をする立場の人間を中心として、服装の西洋化が広まっていくことになります。 1927年9月21日には、当時の銀座三越において日本国内初のファッションショーが開催されました。日本橋にあった「白木屋」デパートの大規模火災で、やはり和装の人々に被害が多かったことも相まって、従業員の服装を西洋式に改める百貨店が増加し、更にそれにならう形で、大衆の服装の洋式化も徐々に広まっていきます。 1960年代以降から衣料の大量消費の時代が始まることになりますが、一般には修繕した継ぎのあたった衣服は、家庭での普段着や作業着にまだ多く目につく時代でした。